★150年目の真実
- aary075
- 2016年7月9日
- 読了時間: 2分

ジャックダニエルの数ある逸話の中の最奥義とも言えるお話し。
蒸留所のオーナーであったダン・コール家の黒人奴隷アンクル・グリー ン(Uncle Nearest Green) と 彼 の 2 人 の 子 ど も (George and Eli)が蒸留を手伝っていた。3 人の黒 人父子とともに 8 歳のジャックもダンから独特の蒸 留酒造りを習得した。後になって,アンクル・グ リーン父子はジャックによって奴隷から解放され, 終生ジャック・ダニエル蒸留所を支えた…下記URLより引用
しかし実はこの公式ストーリーには隠された事実があることが、最近明らかにされた。レシピをジャック・ダニエルに教えたのはコールではなく、黒人奴隷のニアリス・グリーンだったのだ。創立150年の今年、ジャック・ダニエル社はこの事実を公に認めた。 【その他の画像はコチラ→ http://tocana.jp/2016/07/post_10288_entry.html 】 奴隷であったグリーンの息子(赤丸、左)とその隣に座るジャック・ダニエル(赤丸、右)。グリーンの息子は父親からウイスキー作りの技術を教えられていた。またこの時代に黒人奴隷が創業者の隣りに座る事は珍しく、たいがいは最後列であった。 「Daily Mail」の記事より
かつてウイスキー蒸留所で働く労働者のほとんどは奴隷で、売られた奴隷の記録を見ると彼らのウイスキー製造の技術は高く評価されていたことがわかるらしい。しかし当時奴隷がもたらした貢献についてはほんの少ししか書かれておらず、どのように奴隷がアメリカのウイスキーを作ったかの手がかりは多くない。 ダニエルは自分の蒸留所を開くにあたって、グリーンの2人の息子を雇った。グリーンとその家族の持つ知識は蒸留所で重要な役目を果たしたという。その1例にジャック・ダニエルの伝統的な製法、「リンカーン・カウンティ・プロセス」がある。これは深さ3メートルの巨大な槽に敷き詰められたサトウカエデの炭で、ウイスキーの原酒を濾過するものだ。そして、その工程を経ることによって、ウイスキーにわずかに甘い香りがつくという。
まさにこの工程こそがグリーン親子によってもたらされた事を創業150周年を機に、
ジャックダニエル社自ら公表しました。
私個人的にはまさに天動説から地動説に変わったくらいの衝撃でした。
(出典)
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